―スタートアップの経営者になって、担われるミッションが大きく変わられたかと思います。
冨成:そうですね。他の役員にもさまざまな業務を担ってもらっていますが、経営の面でやることは当然増えました。資金集めのためにベンチャーキャピタルを回るなどは最たるものですが、例えば資料一つ作るにしても、財政面を考慮します。コラボレーションも、社内であればある程度ラフな形で話を進められますが、対外的には市場規模の検討も必要です。ただどちらかというと武田ではベンチャーに近い経験をさせてもらっていたと思います。たまたま私の置かれた状況というのが、所属していた炎症、免疫疾患の開発を担う部署が途中でなくなり、自分たちのプログラムの臨床試験を実施してもらうためには、他の部署の開発チームに化合物を提案する必要がありました。資金やリソースが限られる中で、自分たちのプログラムの開発を進めてもらうためには海外も含めた他部署よりも魅力的な提案をしないといけない状況でしたので。前述のワーキンググループも同様で、研究者の提案ベースで可否が判断されました。承認されないと研究費がおりません。どういう化合物だったら受け入れられるのか、どういう提案が魅力的かというのも含めて構成やデザイン、プロファイルの設定をします。大変だった部分もありましたが、今ではそういった経験が役に立っていると思います。相手がどんな提案を求めているのかを想定して、キーパーソンを説得していく。同じことを会社の中でやるか外でやるかの違いだけではないかなと思っています。
―蒲さんはいかがですか?
蒲:私は武田では現場の人間だったので意思決定の権限がなく、どれだけいいものを提案して説得するかに注力していました。するとそこには何枚もの壁があり、たくさんの会議体をクリアしていかないと最終決定にたどり着きません。今は意思決定の権限があり、自分の決定がそのまま会社の意思決定となります。
ベンチャーだと限られた予算のなかで成果を出すことを逆算し、今すぐ決定しないといけないという場面が多々あります。大手製薬会社なら1プロジェクトとして承認されるまでに、アイデアの提案、スモールスケールでの検証と実証を経て3ヶ月かかるところ、ベンチャーでは究極的には今日決断、というスピード感です。
そういう意味では責任もプレッシャーも大きい。もちろん、自分が正しいと信じることを、次々に進められることはモチベーションでもあります。
―経営面での試行錯誤の中で、今考えるとショートカットできたなと思う部分はありますか?
冨成:今思えば、ベンチャーだからとコストをセーブしようとした結果、逆に時間の面でロスが発生したということが多々ありました。例えば化合物を三つ比較したいけれども、コストをセーブするために二つでいけるだろうと、二つやってみる。出てきた結果を見て、やはり三つ目の方がおもしろそうだから追加でデータをとろう、となる。この場合、研究にかかる費用自体は変わらないように見えますが、工程が伸びてしまいます。ベンチャーにとってはこうしたタイムライン上での一か月の遅れが響いてくる。バーンレートと言いますが、スタートアップでは調達した限りある資金を使ってプロジェクトを進めていきますので、工程の伸びた分だけ、人件費や家賃などの固定経費が大きな負担となっていくのです。
当然、投資家から「この部分の費用は削れないか」と要求があることもあります。経験が少ないうちは、タイムラインを縮める方が結果として安いとする判断ができないんですよ。今では「最終的に一番効率的なのはこういう予算だと思います」と言えるようになってきました。そこをわかってくれる投資家と組んでやりたいと思っています。
蒲:私も同じくコストカットのためと思ってしたことが結果的にショートカットにならなかった、というのを感じていますね。
―経営者として最も大変なのはどの部分でしょうか?
冨成:やはり資金調達ですね。苦しかった時期は、預金通帳数百万とかの数字を見ましたよ(笑)。これは胃が痛かったですね。もう来月の支払いでショートするっていう。他の口座に何千万かあったのですが、それはプログラム限定、つまり利用用途が定められた制約のある予算でした。しかし会社を運営する以上固定費というのは必ずかかってくるので、そこでじりじりとなくなっていく。資金調達の契約を締結したあとも、一日でも早くお願いしますという気持ちでした。
―蒲さんはどう振り返りますか?
蒲:会社の成長を見据えた研究戦略立案と予算配分でしょうか。これまでマネージャー経験がない中で、限られたリソースで最大限のパフォーマンスを引き出すためには、どんなデータパッケージを取りに行くべきか、ということを判断しないといけないのは相当なプレッシャーに感じます。サイエンスですから不測の事態は往々にして起こります。ターニングポイントでの経営判断はとても重いです。ただ最後は自分をどれだけ信じられるか、をよく自問自答します。自分が正しいと信じることをやり切るという強い気持ちをもってリードしなければいけない、という意識は立ち上げ当初に比べると高くなってきたと思えます。
―最後に人材についてお聞きしたいと思います。創業から2年を振り返っていかがでしょう?
冨成:創業期のメンバーが減ってしまったとき、本当は同等の人間を手当てしないといけなかったのですが、そこを残ったメンバーで回してしまったがゆえに、資金調達や他の仕事が増えると研究が遅れる、止まるといったケースがありました。そしてそこをさらにがんばった結果、体調を崩し、さらに人減って、の悪循環。人材確保にももちろんコストはかかりますが、人材は何よりも重要です。
今支援をいただいているベンチャーキャピタルからも、資金が枯渇してきても給与のカットは辞めるように言われましたね。優秀な人に残ってもらうことがいかに大切かということです。会社として、生き延びるためにそういった選択肢のカードを切らざるを得ないとしても、それは1年目2年目の会社がやることじゃないと。
―採用の面はいかがですか。
冨成:創薬化学の分野は、ライフタイムサイクルの中であえて大手企業を辞めようと思い至るケースが少なく、市場に人材が少ないのが現状だと思います。簡単に採用できるわけではないのでなかなか難しいですね。
蒲:先ほど意思決定の話をしましたが、人に関する意思決定には心身共にエネルギーを使います。これまで管理職として部下を束ねるような経験もなかったので、初めてこういう立場として、メンバーをリードして、モチベーションをあげながら進めていく。マネジメントの部分が大きくなったのを感じています。
採用については、能力やスキルの面はもちろんですが、感覚的なものがマッチするどうか、熱意をもっているか、はまりこんでくれるかといった直感的な部分も大切にしています。リーダーシップクラスの人材になってくると、サイエンスやモダリティに魅力を感じているか語れるかを重視します。
―創薬ベンチャーで働いてみたいと考えている方に、ベンチャー経営者の立場から伝えたいことはありますか。
冨成:大きな製薬会社での勤務経験がある方にとっては、ベンチャーに入社するということは待遇が下がることを意味します。そのなかでモチベーションを維持するには、サイエンスが本当に面白いからとか、これを必ずやりたい、という気持ちが大事になるでしょう。例えば弊社では、給与や福利厚生の面で大手製薬会社並みを担保するのは現実的には難しい分、ストックオプションという選択肢も用意しています。将来的に会社が大きくなり、価値が上がることに共感してくれているならば、目先の給与額ではなく会社の理念に魅力を感じてくれているということ、サイエンスを信じてもらえているということですから、ぜひ一緒にやりたいなと思いますね。
蒲:ある大手製薬会社から弊社に転職されたメンバーもいます。今のポジションを手放してベンチャーに入ってほんとにいいの?とこちらが問いかけたくなるくらいトントン拍子で決まりましたが、やはりサイエンスに将来性がある、モダリティに特化したベンチャーでやりたいというところがマッチしたように思います。この方は学会に自ら来て勉強されていて、そこで知り合ったことで今回の採用につながりました。そういう縁というのは重要ですね。ただなんとなく今いるところでは自分はマッチしない、違うチャンスを探したい、だけだとちょっと難しいかなと思います。
―最後に、大手と比較してベンチャーで働くことの魅力を具体的に教えてください。
蒲:自分の出したデータが会社の研究に直結する、ベンチャーの方が素早く反映されるところは期待できると思います。スピード感については、進むというより進めなきゃいけない、みたいなところはありますが(笑)。大企業でもKPI(重要業績評価指標)といったものはもちろんありますが、ベンチャーだとタイムラインが決まっていて、マイルストーンに向かって日々逆算しながら走っていかないといけない。
また、スペシャリスト同士が集まって綿密にコミュニケーションをとれる環境もよいかもしれません。大企業だとどうしても距離が生まれます。現場でわいわい議論しながらすぐ次の対応に取り掛かれるというのは私の感覚では魅力的ですよね。
―ありがとうございました。
2020-09-11