―御社の技術開発の背景から教えてください。
冨成:人間の体内には約18,000 種のタンパク質があることが知られており、病気に関わることがわかっているタンパク質は1,500種ほど報告されています。これまでに、そのうちの300種くらいに対して治療薬が開発されてきました。しかし残りの1,200種に対しては治療薬が存在しません。いわゆるUndruggable(創薬困難な)ターゲットとされてきて、製薬会社としては取り組みたくてもリスクが高いため挑戦することが難しかったのです。現在、ターゲットとなるタンパク質が枯渇するなどとも言われていますが、枯渇するのは創薬可能とされる300種の方であり、残りの1,200種をどのようにしてDruggableなものとするか、というのが私たちの技術開発の背景です。
なかでも私たちが注目しているターゲットのシュードキナーゼは、阻害薬を作るという観点が難しいことが判明したのですが、タンパク分解誘導剤を使ってシュードキナーゼ自体を分解してしまうことで治療につなげることができるのではないか、というのがコンセプトです。
―根幹となっている御社の技術について教えてください。
冨成:具体的には、私たちが作り出す化合物によって、ターゲットのタンパク質をユビキチン化、つまり分解対象であるという目印をつけることで、プロテアソームという分解プロセスを引き起こす技術です。タンパクを分解する鍵であるE3リガーゼに、ターゲットのタンパク質がタンパク質間相互作用(protein-protein interaction, PPI)で結合することで、E2にあるユビキチンがターゲットに移ってきてポリユビキチン化されます。
世界的に見ますと、この技術はイェール大学のクレイグ・クルーズ(Craig Crews)教授という方が提唱し、PROteolysis TArgeting Chimera (PROTAC)と名付けられ、アルビナス(Arvinas)という会社が事業展開し上場もしているのですが、クルーズ教授の研究によって、E3のリガーゼが変われば分解されるタンパク質も変わるということが明らかになっています。また、リンカーと呼ばれる部分の結合の仕方でも分解対象が変わるのです。
それから、PPIの強さが分解の強さに関わることも近年の研究で明らかにされました。すなわちE3リガーゼ、リンカー、リガンド、PPIの強さという、無数にある組み合わせの中から、対象となるタンパク質を分解するのに適した組み合わせを探し出す必要があるのです。
―その最適な組み合わせの化合物を見つけるアプローチが、御社の独自創薬プラットフォームRaPPIDS(TM)ですね。
冨成:そうです。RaPPIDS(TM)は、ある程度まで個数を絞りながらも可能性の高い組み合わせの化合物を、半自動合成技術を用いて比較的短期間で全種類作ってしまおうというものです。この化合物を見つけ出すために、他社ではコンピュータを使うような緻密な計算で予測し、答えを探そうとしているようですが、私の考えではその組み合わせを計算化学で予測することは難しいと考えており、ここが他社と戦略を切り分けている部分になります。
―どうして計算で予測することは難しいとお考えなのですか。
冨成:一つは弊社で出したデータですが、これは化合物の結合の強さと、活性の相関関係を見たものです。これによると、化合物の結合を強くしたところで、必ずしも活性が強くなっていないことがわかります。つまり活性が強くなるかどうかは、結合の強さなど単純に予測できる要因ではないところで決まっているということです。
それでももし計算で出そうとする場合、例えば国内の計算化学の会社に聞くと「京」を使いますか?と言われます。つまりスーパーコンピュータを使ってシミュレーションするかどうか。しかもスパコンで、もし百万個の化合物から1,000個に絞れたとしても、1,000は検証するにはまだ多すぎる、という状態です。
ただもちろん、私たちも何十万個とかの化合物のすべてを作るわけにはいきません。そこで因子1個からはじめ、薬の特性を満たすような化合物になるかどうか、当然ある程度は予測したうえで、現実的な個数をすべて作ってしまうことが最も効率的と考えているのです。フラグメントの組み合わせで半自動合成を行っていくと、100~200個が2~3ヶ月で合成できる計算です。トータルのプロセスとしては1年半(リード創出に3ヶ月前後、リード最適化に1年)くらいです。
低分子化合物も、かつて計算化学のない時代はマトリクスでたくさん作っていた時代がありました。この新しいモダリティでも、今はこの情報を溜める時期ではないかなと。であればまずはたくさん作るべきです。いずれは社内にデータが蓄積され、より効率が上がってくるでしょう。そうすると例えば100~200個の試行を2~3回回しているところを1回に短縮するなど、さらなる効率化が図れるようになると思います。これに加えて、RaPPIDS(TM)に適用可能な自社独自のE3リガーゼバインダーの開発も行っています。E3リガーゼによって分解できるタンパク質がかわるので、使用できるE3リガーゼの種類を増やしておくことが重要です。
―その技術はここまでどのように評価されてきたのでしょうか。
冨成:立ち上げ時に投資を取り付けるので苦労したように、技術については当初国内では理解していただくのが大変でした。実は海外では認知が進んでいる分野で、例えばPPIの強さが重要という話も海外では前提として話を進めることができますので、バックグラウンドの説明に時間をかける必要はありません。しかし国内では1回目の話はバックグラウンドで終わります。化合物を複数個実際に作ってしまった方が早いだろうというRaPPIDS(TM)のストラテジーも、「本当なのか」と懐疑的に見られるとそれ以上返すものがないですから。
―日本と海外でそんなにも事情が違うんですね。
冨成:新しい技術の認知はそれほどに難しいことなのだと思います。たとえお金をもっている製薬会社であっても、論文ベースではできそうだけど、本当にできるのか?という不安は常にある。そのためにワーキンググループなどで試しに取り組み、使えそうだったら実際のプログラムに適用していくというスタンスです。
ベンチャーキャピタルにとっても、やはりよくわからないものへのお金の投資はリスクが高すぎてできない。サイエンティストではない相手にプレゼンをするケースでは、響くデータは何なのかと考えますね。クルーズ教授のアルビナス社はPROTACですでに世界の有名なファーマと提携をしているのですが、日本国内のファーマがやっていない状況だと、国内のベンチャーキャピタルとしてもまだ早いとなってしまうのです。
しかし立ち上げから2年たって、日本で関連学会なども増えてきており、私たちのストラテジーがようやく日本でも興味を持たれるようになってきたという実感があります。
―このたび(2020年5月28日)シリーズAラウンドの資金調達に成功されました。おめでとうございます。
冨成:ありがとうございます。弊社へのご賛同をいただき、多大な投資およびサポートをくださった皆様に感謝を申し上げます。今回は2018年の12月から1年以上かけてこぎつけた資金調達*でしたが、会社としては今後も引き続きプログラムを進めていくために、投資先を探していくことになります。現状では新型コロナウイルスの問題もあり、動きがとりづらくなっているのが悩みどころです。
*東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大 IPC)が運営するオープンイノベーション推進1号投資事業有限責任組合 (通称「AOI1号ファンド」)の第1号投資案件として選ばれ、ANRI4 有限責任事業組合、京都大学イノベーションキャピタル株式会社からの出資も含めて総額約5.5億円の資金調達を実施した。
―資金調達も継続しながら、となりますが、これからどのように事業展開をされる予定ですか。
冨成:これまでも開発を進めてきたIRAK-Mタンパク質分解誘導剤の非臨床安全性試験、そして創薬困難とされてきたタンパク質をターゲットとしたプログラムをいくつか進めていきます。RaPPIDS(TM)の改良・開発も含めて弊社の既存の研究やプログラムを加速させていきます。
―RaPPIDS(TM)を活用した他社とのコラボレーションはどのようにお考えですか。
冨成:理想的な化合物を見つけるという点においては競合他社がいるなかではありますが、例えばRaPPIDS(TM)で最初のリード創出のステップだけ試しにといったケースは、今後ビジネス展開としてあり得ると思います。たとえばいまアルビナスとコラボレーションをしている会社からも、話を聞きたいと言っていただくことはあります。ただ現時点では、まずは投資家から資金提供をいただいているなかで、弊社独自のプログラムを進めること、つまり自社創薬をメインワークとして考えています。RaPPIDS(TM)の考え方に対して徐々に理解が深まってくれば、コラボレーションに進み、フルコラボのプログラムをマイルストーンベースで契約するといったことも出てくるでしょう。
第3回へ続く
2020-09-10